英雄勇像 ベテランカメラマン大島康嗣氏が仮面ライダーフィギュアを撮ってみた!

大島康嗣氏は、「週刊少年マガジン」のグラビア記事などを担当した、講談社のベテランカメラマンである。
同時に、『ウルトラQ』を皮切りに、『ウルトラマン』や『仮面ライダー』など数多くの特撮キャラクター作品のスチールを担当してきた。
その大島氏が今回、フィギュア「英雄勇像」の撮影に初挑戦。
かつて氏がファインダー越しに向き合ったヒーローたちと新たな形で再会した。

メイキング インタビュー

ウルトラマン編

仮面ライダー編

メイキング撮影:タルカス 加藤文哉

撮影場所に使われたG-BASEの屋上は、いくつかの花壇と木のベンチが設置され、休憩場所としても絶好の場所。
「風をエネルギーとする大自然の戦士」として誕生した経緯を持つ仮面ライダーのイメージを活かすため、花壇の草花を背景に撮影が行われた。当日はやや風の強い日だったが、 風になびく草花は抜群の演出効果をもたらす。

撮影1

スチールカメラマン時代、撮影時には即興の殺陣師となることも多かったという。そうして培われた「現場の工夫」が、今回も活かされている。

撮影2

フィギュアごとに最適のアングルを試しながら、限られた条件を最大限に活かしつつ次々にシャッターを押していく。

大島氏の撮影した写真がこちら!

  • 仮面ライダー 英雄勇像 仮面ライダー新1号
  • 仮面ライダー 英雄勇像 仮面ライダー新1号
仮面ライダー 英雄勇像 仮面ライダー新1号2021年1月登場済
  • 仮面ライダー 英雄勇像 仮面ライダー(スカイライダー)
  • 仮面ライダー 英雄勇像 仮面ライダー(スカイライダー)
  • 仮面ライダー 英雄勇像 仮面ライダー(スカイライダー)
  • 仮面ライダー 英雄勇像 仮面ライダー(スカイライダー)
  • 仮面ライダー 英雄勇像 仮面ライダー(スカイライダー)
仮面ライダー(新) 英雄勇像
スカイライダー2021年10月登場予定
  • 仮面ライダー 英雄勇像 仮面ライダークウガ マイティフォーム
  • 仮面ライダー 英雄勇像 仮面ライダークウガ マイティフォーム
仮面ライダー 英雄勇像 仮面ライダークウガ
マイティフォーム2020年8月登場済
  • 仮面ライダーアギト 英雄勇像 仮面ライダーアギト グランドフォーム
  • 仮面ライダーアギト 英雄勇像 仮面ライダーアギト グランドフォーム
  • 仮面ライダーアギト 英雄勇像 仮面ライダーアギト グランドフォーム
仮面ライダーアギト 英雄勇像 仮面ライダーアギト
グランドフォーム2021年8月登場予定
  • 仮面ライダー 英雄勇像 仮面ライダーゼロワン ライジングホッパー
仮面ライダー 英雄勇像 仮面ライダーゼロワン
ライジングホッパー2020年7月登場済
  • 昭和、平成、令和の1号ライダー
昭和、平成、令和の1号ライダー
仮面ライダーシリーズとは?
『仮面ライダー』は、人気漫画家の石森章太郎氏を原作に招き、1971年4月にスタート。
バッタの能力を備えた改造人間という斬新なヒーローは、やがて「変身」をキーワードに採用することで一躍全国にブームを巻き起こした。
2000年、『仮面ライダークウガ』を皮切りにスタートした「平成仮面ライダーシリーズ」は、「令和」になっても継続する人気シリーズになっている。

インタビュー

『仮面ライダー』の良さは、いろいろな場所で撮影できたことです

インタビュー1

――大島さんは『仮面ライダー』の撮影にはいつから参加されたのでしょうか?

『仮面ライダー』の撮影拠点だった生田スタジオに日参するようになったのは、北海道ロケ(第19話「怪人カニバブラー 北海道に現る」、第23話「空飛ぶ怪人ムササビードル」)の後からです。
僕はそのロケには参加していませんが、そのロケ隊が帰ってきた頃になると、ちょうど「テレビマガジン」が創刊されることになりましたからね。
最初の頃は、僕は「週刊少年マガジン」のグラビアとの掛け持ちで、空いた時間に『仮面ライダー』に行くという感じでした。
「少年マガジン」の仕事がだんだん少なくなると、『仮面ライダー』の方がメインになりましたね。

――先程ロケの話が出ましたが、遠方のロケにも同行されていたのですか。たとえば鹿児島の桜島とか。

桜島のロケには行きました。今でもおぼえているのが、寝坊してロケ隊に置いていかれたことです(笑)。
その日のロケがどこでやっているのかわからなかったので、いろいろなところに電話して突き止めて、タクシーで追いかけましたよ。

――桜島ロケのスチールなどは、すごく自然も活かされていてすばらしかったですね。

『仮面ライダー』の良さは、いろんな場所で撮影できたことです。僕もできるだけ背景を活かそうと思いながら撮ってました。 『仮面ライダーV3』の時は、火葬場の煙突にV3を登らせたりしたでしょう(第4話「V3の26の秘密!?」)。今はもうああいうことは無理でしょうね。でも大野剣友会はよくやっていました。擬斗の高橋一俊さんはとにかく自分たちの技を見せることにこだわっていましたからね。剣友会のメンバーもそれに懸命に応えようと真剣でした。

――高橋さんに言われたら、どんなことでもやるしかなかったそうですね。

そう。でも真剣だから、どんな無茶なことをやっても不思議とケガはしないもんなんです。
マットだってほとんど使っていなかったと思いますよ。

――撮影の拠点である生田スタジオに毎日のように通っていたせいで、スタッフともかなり懇意になったそうですね。

僕も、よくコーラなどの飲み物を差し入れしたりしてました。そうやってスタッフと仲良くなれば、こちらのお願いもきいてくれるようになるんです。
逆に向こうから「こういうことやりましょうか」と言ってくれるようにもなりました。

――『仮面ライダー』と同時期には、他にもいろいろなヒーロー番組が「テレビマガジン」にも掲載されていました。スケジュール調整が大変だったのではないですか?

そうそう。『超人バロム・1』や『変身忍者嵐』が同時進行していた時期、あの頃がいちばん大変でした。
1日で3箇所くらい回らないといけなくて、会社がタクシーを用意してくれましたよ。
それでも1箇所には2時間くらいしかいられなくて大変でした。
でも向こうのスタッフも僕らの仕事を理解してくれて、とてもよくしてもらったのをおぼえています。

――そうやって生のヒーローを長く見つめてこられた大島さんから見て、今回のこの「英雄勇像」のフィギュアはいかがですか?

いやすごくよくできていると思います。
僕が当時の現場で見ていた仮面ライダーは、撮影で酷使されて、スーツは傷だらけ、マスクもところどころ凹んでしまっていましたからね。
このフィギュアは、すごくきれいに仕上がっているし、たとえばマフラーの質感の造形などもすばらしいですね。
手に持った時の重量感もいいですね。
これクレーンゲームの景品なんでしょう? 
持ち上がるのかな? と一瞬心配になりました。

――そのフィギュアを撮影するという今回のお仕事に対する感想をお聞かせください。 

普通のヒーロースチールの撮影だと、こちらからポーズなどをリクエストすることもあるんですが、フィギュアだとそれができないのがちょっともどかしかったですね(笑)。
その点は難しかったのですが、場所がよかったから、何とか当時の雰囲気に近いものにはなったかなと思います。

インタビュー2
大島康嗣(おおしま・やすじ)
1942年8月1日生まれ。埼玉県出身。1964年に講談社写真部のカメラマンとなり、「週刊少年マガジン」のグラビアなどを担当。『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』などの「ウルトラマンシリーズ」や、『仮面ライダー』などのスチールカメラマンとして活躍。以後、数多くのヒーロー番組を撮り続けてきた。